ある男の失われた記憶をめぐるサスペンス『スパイダー・フォレスト』で、日本でもその稀有な才能が知られたソン・イルゴン監督。彼の新作『マジシャンズ』は、全編ナイトシーン、オープンセットという制限された時間と空間の中で展開する切ない青春物語である。

  主人公は5人。女性メンバー、ジャウンが自殺したことで解散したバンド「マジシャンズ」の仲間3人が3年目の命日に集う。そこには、3人の記憶の中にあるジャウンがおり、「マジシャンズ」を第三者の立場から温かく見守る僧侶がいる。舞台は、その命日である大晦日の夜、森の中にある山荘のカフェである。この同一空間の中で彼らの現在と過去が交錯していくのだが、時間軸にそって使い分けられたカラー、パート・カラー、モノクロの映像が、切れ目なく見事なまでに融合しており、”交錯”が陥りやすい混乱になっていないところが素晴らしい。

  こうした果敢な実験的映画手法を成功に導いたのが、95分ワンカット撮影である。長編のワンカット撮影というとヒッチコック監督の『ロープ』、ソクーロフ監督の『エルミタージュ幻想』を想起させるが、『マジシャンズ』もまたそれらに比するワンカット撮影の臨場感とパワーを持ち合わせている作品である。

  ソン・イルゴン監督は、同一空間とはいえ森の中とカフェの内部を行き交う(時間変化に重要な意味をなす)ライブ感をより効果的なものにするため、一般的なロングテイク撮影ではなく、ステディカム方式をとった。だが35ミリフィルムのカメラは非常に重く、人の体力では95分を支えきれないため、DV撮影を採用した。とはいえ35キロの撮影装備を体にくくりつけ役者たちを追う撮影監督パク・ヨンジュンの苦労は並大抵のものではなく、撮影終了後パク監督はトイレにもいけないほど腰を痛めてしまったという。

  ワンカット撮影は端的にいえば一発勝負なので、カメラ動線や時間計算など完璧な準備が必須となる。前述のようにカメラワークに関してはパク監督の努力でクリアになったが、一般の演劇の空間よりも広い部分を役者が移動するため、彼らの声が拾い切れず、音声部分に課題が残った。そこで採用されたのが、森の数ヶ所にマイクを隠す方法と役者たちにワイアレスマイクをつける方法である。これには韓国映画界の名だたる録音の権威30人が協力している。
  さらにソン監督は、周辺の状況と各位置のスタッフの対応を把握するため、現場全体を監視するCCTVを採用し、移動しながらのワンテイク撮影の効果をさらに高めた。

  このように『マジシャンズ』は、空間を広く見せるための大量の照明(通常の2~3倍を使用)や緻密な美術設計も含め、不可能と思われていた制作方式の数々を完遂したのである。
  一方、役者陣もワンカット撮影に耐えうる、実績のある演劇出身者が集められた。リハーサルは、シーンごとに集中的に行なわれたが、さすがの演劇人も体力に限界があるため、通しの撮影は一日1回が限度だった。
 
こうして韓国映画界を先取りする才能が結集した『マジシャンズ』は、まさに魔法のような映画。ファンタジー演劇と呼称してもいい、映画の可能性を証明した作品である。
時は水のように流れ、現在は瞬間で過去になる。
現在と過去は紙一重であり、流れ出た過去は実は未来につながっている。
3年間の苦悶を経て、魔法のようなエンディングを迎えた5人と一緒に過去、現在、未来を楽しんでみたい。